練馬区大泉にお住いのI様のお宅に初めてお伺いしたのは、配当要求終期等の広告を閲覧したのちすぐのことでした。お伺いしてその外観を見たときに少し違和感がありましたが、まずはアポイントをとらなければと呼び鈴を鳴らしました。しばらくしてご主人が出てこられてご挨拶かねがね状況をお伺いすると任意売却に踏み切ることをご了承いただきました。日を改めて上席とお伺いした際に先日感じた違和感の正体が判明しました。I様の自宅は築34年で室内の痛みもあり、特に浴室のひび割れはコーキング等の補修は行っているものの根本的な解決になっておらず少なからず水漏れも起こしている状態でした。室内に入らなくても傾いていることがそれとなくわかる建物だったのです。本当ならもう建て替えていてもおかしくない状況ですが、I様にはその余裕が無くそれどころか競売が進んでいる状況でした。
媒介契約締結後、業務担当に引き継ぎ現地調査を行っていただきました。その担当から聞いた話だと、I様はこの家にずっと住み続けたいという希望をはっきりおっしゃられたそうです。I様の建物は川岸にせり立っており、万一建物に何かあった場合高さ3m以上ある擁壁の下に崩れ落ちる危険性があるとのことでした。仮に任意売却を通じてオーナーチェンジが出来たとしても、安心して生活できないのではないか、建物の安全性を考えれば他に賃貸を借りてしっかりとした建物で生活をされたほうが良いのではないかと思いました。業務担当も何度か他の賃貸へ引っ越すことを打診していただいたそうですがI様の希望は変わらなかったそうです。
もとよりI様は建築関係を営んでおり、以前は奥様も現場に入り二人三脚で頑張ってきたそうです。そんな中、奥様が病を患い、収入が半減した事によって高額なローンが払えなくなってしまったそうです。近年、日本各地で震災等が増えてきており、少なからず身を守ってもらえるような構造の建物であることが必要だと私は考えていました。しかし、I様の今まで苦労をかけた奥様に対する愛情は深く、その奥様の希望だけはかなえてあげたいと切望されていました。そこまでのお気持ちをうかがいってしまうと、これ以上何か他の提案をしても難しいと考えI様のオーナーチェンジができるかどうか関連会社を含め社内で検討することとなりました。債権者との折衝・採算性など協議した結果は大変厳しいものでした。その理由は、仮にI様に賃貸として借りていただいたとしても、万一何らかの理由で退去されてしまうと、他の第三者への賃貸として出すには非常に厳しいということです。退去後は一旦更地にして土地として売却をしなければなりません。採算を考えるとI様には最低4年住んで頂かなければ関連会社は赤字になる試算でした。社内で賛否意見は割れました。何度も協議を重ねた結果、最終的にはI様の希望を尊重することに決定しました。
そのことをI様ご家族にお伝えするとI様ご夫妻はもちろんご子息夫婦も大変喜ばれ、これからはご子息夫婦もご両親を支えていくと決意を固め最終確認を終えました。
オーナーチェンジ後新たな生活が始まりましたが、数年後にI様は他界されご子息が賃料等のやりくりを行ってまいりました。その間、奥様も体の自由が利かなくなり要介護となってしまいました。そして去年他界されご両親の希望はかなえられました。これを機にご子息夫婦も引っ越すこととなりました。
当初の予定通り、再度賃借人の募集はせず売却を検討しました。売却活動を始めるに際し、改めて土地の測量を行った結果かなりの縄伸びがありました。当初の土地面積では建替えた際、建物が乗らなくなる可能性があったため中古戸建で販売を開始しましたが、測量結果を考慮し建売住宅としての販売にシフトしました。建築条件付き売地として販売していきましたが、古家が残っているとイメージがわかなかったり、擁壁が気になったりとなかなか具体的な話に進展しませんでしたので、建築確認の取得と建物解体を同時に進め建売住宅の販売に本腰を入れ始めました。
すると、某ハウスメーカーから問い合わせをいただき、条件に合うお客様に土地の販売として紹介したいという相談が出てきました。建築確認の申請業務を進める矢先のことで戸惑いましたが、土地として購入していただけるのであれば取引に応じようということになりました。条件の擦り合わせを行い、売買契約の運びとなりましたが、コロナ禍で測量業務や買主の融資の申し込み等の遅れが発生し残金決済の時期が予定から大幅に遅れる事態となりましたが無事に引き渡すことができ、一連の取引を完結することができました。
I様とはもうお会いすることはできませんが、ご依頼いただいた当初を思い起こせば、I様のご希望を100%以上叶えてあげられた数少ない取引だったと思います。